きたけんブログ

旅と趣味と

ハーモニー

ハヤカワ文庫
伊藤計劃

人類は21世紀の後半に、大災禍という大規模な核戦争を経験します。そしてその反省から、人々は誰もが苦しむことのない幸せな世界を築きあげることを誓います。こうして生まれたのが、体内に「WatchMe」という医療分子をインストールすることで、常に人の健康状態をモニタリングし、状況に合わせた薬や食事が自動的に供与されるような超高度福祉社会です。これで人々は老衰以外に死ぬことがなくなったわけです。

そんな中で生まれてきたのが「人は社会のリソース」だという価値観。人間の体は社会の資本であって、大切にしなければならない。故にアルコールやたばこといった健康を害する要因は排除しなければならない、と。

優しさに絞め殺されるような世界。

で、ここに御冷ミァハ、霧慧トァン、零下堂キアンという3人の女子高生がいるわけですが、そんな価値観に対抗するため、「自分の体は自分のものである」と主張するため、自殺を決意します。結局御冷ミァハ以外は死にきれなかったわけですが。

そして13年後。高度福祉社会の確立に伴って台頭したWHO(この世界では最も権威ある機関です)の一員となったトァン。彼女は世界の紛争地域に赴いては、先進諸国では駆逐されたアルコールやたばこを手に入れ、楽しんでいました。そんな折に全世界で同時に6,000人以上が自殺するという事件が発生します。その瞬間にキアンが頸動脈を切って自殺したのを見、彼女は事件解決のため動き出します。

といった流れ。時系列的には以前紹介した「虐殺器官」の続きです。

3人の女子校生の名前が読めないという突っ込みは抜きにして、すごく面白かったです。やっぱり伊藤計劃さんの作品は世界観が素晴らしいです。士郎正宗が攻殻機動隊で描いた「電脳世界」の、さらにその向こうの世界ですから。極度の医療体制の優しさと、その裏返しの息苦しさがひしひしと伝わってきます。ある意味今話題の「フラクタル」と通ずるところがあるかもしれません。

しかし前作のときもそうだったのですが、結末が少し気になるところです。行きすぎた福祉社会の果てにあるものが(少しネタバレになりますが)「意識のあり方」ということになっています。発達した医療技術が思考や判断も支配できるようになったとき、意識って言うものが必要なのかどうかという議論です。そこら辺にストーリーを持って行った意外性というか脈絡が唐突すぎますし、その肝心の議論があんまり無いまま結末を迎えてしまいます。

後半のボリュームを増やして欲しかった思いがありますが、作者が病床に伏して執筆されてたこともあり、焦燥されていたんで、仕方ないでしょうか。

何よりも「虐殺器官」と「ハーモニー」をつなぐ遺作「屍者の帝国」が未完に終わってしまったことが残念でなりません。