シオヤプロジェクト 勝手にまち探訪 vol.80 越境編 高砂編

シオヤプロジェクトが主催するまちあるきイベント「勝手にまち探訪」 vol.80 越境編 高砂編に参加しました。

出発地点は山陽電鉄の高砂駅です。高砂市は、江戸時代に加古川舟運の河口港として栄えました。慶長6年(1601年)、姫路城主・池田輝政が港を整備し、町割りが本格化したことで、港町としての基盤が形成されました。

旧朝日町浄水場配水塔

1923年(大正12年)建設の鉄骨造配水塔で、高さ約26m、6本の鉄脚の上に円筒形水槽と八角錐屋根を載せた独特の意匠が特徴です。高砂市の水道事業を象徴する施設として国の登録有形文化財に指定され、近代水道の技術史を示す貴重な構造物となっています。

国鉄高砂線跡・国鉄高砂駅跡

1913年から1984年まで加古川市〜高砂市を結んだ国鉄高砂線の廃線跡で、山陽電鉄 高砂駅前にはカーブした線形がそのまま道路や遊歩道として残っています。

また高砂駅跡周辺は、鉄道施設撤去後にバス転回用ロータリーが整備され、中央には車輪を用いた記念オブジェと石碑(1986年設置)が往時を伝えています。

サンモール高砂

1976年開業のオープンモール型ショッピングセンターで、かつては西友と55店舗が入居する地域最大級の商業拠点でした。2017年に全館閉館し、現在は西館・別館・高砂ハイツのみが残存し、往時のモール構造を部分的にとどめています。

堀川(南堀川)

江戸時代に開削された人工運河で、高砂港の物資集散の中心として機能しました。発掘調査(平成28・29年)では、幅4m・奥行3.3mの雁木(石階段)や、西岸・南岸の石垣が確認され、一部が復元展示されています。北前船寄港地としての高砂の物流構造を示す重要な遺構です。

高砂センター街・銀座商店街

南北の銀座商店街と東西のセンター街が交差し、T字型アーケードを形成する昭和期の商店街です。最盛期には多くの店舗で賑わいましたが、現在は人通りが少なく、昭和レトロの景観がそのまま残る静かな商業空間となっています。

梅ヶ枝湯

1943年創業の薪焚き銭湯で、モルタル・木造・煉瓦を組み合わせた混構造の建物が特徴です。裏側の増改築跡が独特の景観をつくっています。現役の戦闘として貴重な存在です。

宝瓶山 十輪寺

815年に空海が創建したと伝わる古刹で、のちに法然が中興した「法然上人二十五霊場 第三番」の寺院です。本堂は兵庫県指定文化財で、江戸期の装飾や建築意匠が良好に残っています。

高砂神社

神功皇后の伝承を起源とする古社で、謡曲『高砂』ゆかりの地として知られます。境内の相生松は、一本の根から雌雄二幹が分かれた霊松として古くから和歌や芸能に登場し、代々植え継がれてきました。現在は五代目相生松が玉垣内に育ち、尉姥神社とともに縁結び・和合の象徴となっています。

高砂大橋からの眺め

加古川河口部を一望でき、かつての舟運と港湾の位置関係を俯瞰できる地点です。

高砂稲荷大明神

この地は古くから「古宮地」と呼ばれ、池田輝政が高砂に支城を築いた際に高砂神社が一時遷座した場所です。高砂城廃城後も宮地として整備され、正一位高砂稲荷大明神が祀られました。脇には農業祖神を祀る六角石柱の地神もあり、春分・秋分に近い戊の日に豊作を祈る祭礼があるそうです。

撮影日2026/3/12

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